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Palm maison lite.
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Palm maison lite. 洗練されたモードな個性派ファッションカルチャーマガジン
   

† October 2nd, 2016

Ed TSUWAKI

editorinterview

 





モードイラストレーションの第一人者として知られ、
現在、アーティストとして、様々な領域で作品を世に出す
Ed TSUWAKI(エドツワキ)さんにお話を伺ってきました。









現在 GALLERY DE ROOM 702 にて
関西では97年以来となる展覧会を開催中。
会期:2016年9月10日(土)〜10月08日(土)
休館日:日曜日、祝日. 開館時間:12:00~19:00

オープニングのレセプションパーティーではライブペイントが行われました。
ライブペイントのページはこちら




始めに今回のインタビュー実現のキッカケをいただいた、
GALLERY DE ROOM 702のオーナー 松中美紀さんと
インタビューに応じていただいたエドさんから、
今回の展覧会の経緯について伺いました。


Ed TSUWAKI(以下E):
東京で3月に開催した『Panspermia』の展示を美紀さんが観てくださって、
その後、巡回展の依頼をいただきました。
足を運んでいただいて、 僕の最も新しい作品群に反応してくれたのが
どのような人物で、どのようなギャラリーなのか?
ひと月後に美紀さんとGALLERY DE ROOM 702を訪ねて即決しました。

松中美紀(以下M):
実は、最初に 『Panspermia』を拝見した時は、
この絵画がEdさんとすぐに結びつかなかったんです。
勿論 Edさんのアーガイブには私自身とても影響を受けてきたのですが。

実物の『Panspermia』を観ると、作品の放つエネルギーがとても強く、
浮かび上がる「女の子」が神話や宇宙観を自在に繋ぎ合わせコンステレーションを創り出している様に見えて、
凄く不思議な気持ちになり、何故か自分が大切に所蔵していたアンティークの瓶を、この絵を見て思い出したんですね。
そう、それがコラボレーション作品のきっかけなんです。






E:その時点であの瓶が浮かんでいたとは知らなかった。
東京で一度だけ美紀さんとミーティングを持ったんだけど、
最後の最後にアンティークの瓶が次から次にテーブルに並べられて、
「この瓶を使ってなにか作ってください」って(笑)。
聞けば大事にコレクションしていた18世紀の酒瓶だというし、
それ自体が美しかったので、最初は拒んだんだけど、
イメージがどんどん浮かんできたので、結局は預かって持ち帰りました。

M: 凄く強引でした(笑)
今思うと,ハイテク過ぎる現実社会に順応出来ない私が、
『Panspermia』を見て、自分の大切なモノと引換えに、
Edさんにプリミティブで強く生きるシンプルな憧れ像を創って欲しかったのかも。

E:本作を通して、新しい出会いやコミュニケーションが生まれれば良いと思いますし、
『Panspermia』がきっかけで、エドツワキを知ってくれるジェネレーションとの出会いにも期待があります。

ただ、ここから過去の作品を掘っていってもらうのは構わないけど、
常にアップデートしているわけだから、
"現在"と"未来"のこれからの僕の表現に着目してもらいたい。

今回Palmで取り上げていただいて、
お嬢さんたちにキャーキャー言われたいな(笑) 
半分冗談、半分本気です!

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「バックボーンはない独学」

●絵の世界を目指したキッカケは?
小さい頃から絵を描くことが好きで、
思春期になってもずっとそうだったのがちょっと変わってるところかもしれない。
自惚れかもしれないけど腕には覚えがあったから、あの時代は東京に行かないと何も始まらないと思い、
高校卒業と同時に広島を出ましたね。フリーでやっていけるようになったのは23・4歳の頃。


●23,4歳でフリーと聞くとかなり早い印象を持ちます。
確かに同年代の子たちが学んでいる年頃にはもう仕事をしていました。
生き急いでましたね。
約束されたものは何もない夢みたいなことを言ってるわけだから、
心配する家族を一刻も早く安心させたかったんだと思います。
根拠のない自信だけがありました。



●絵の世界に入り、影響を受けた人物はいますか?
独学で師匠も先生もいないから、
自分で見つけたあらゆるものに影響を受けてきました。
ただ、その頃から今も変わらないのは、
自分を俯瞰から見てるもうひとりの自分がいて、
それがある種の批評性を持っているということ。
その時代にもてはやされているものと、
自分が作っているものを対比させたり。とか。





「自分の中“男性性”と“女性性”」

●それでは作品を作り上げる際のインスピレーションはどこから得ていますか?

“女性” は、これからも描いていくと思います。
「なぜ女性なのか?」とよく聞かれますが、「僕が “男性” だから」でしょう。

その一方で自分のなかの「女性性」には割と早い段階で自覚的でした。
高校生のときから『anan』や『流行通信』といった女性ファッション誌を買って、
好きなモデルをスケッチしたり、好きなブランドを見つけたりしてました。


●女性性というのは?
僕は肉体的にもセクシャリティーも男ですけど、
「女性が好き」と言ってるなかには異性として好きと言ってるのと、
共感して同化している部分も半分くらいある。
自分がこれまで作ってきたものを見返してみると、
もちろん様々な変遷はあるんだけど、
ずっと「両性具有」だったんだなぁと、近年やっと気づきました。
洋服作ってたときもレディースの方が作りやすかった。


●では、ご自身がデザイナーを務めていたnakEd bunchについてお聞かせください。
いい思い出です。
それ以前、それ以降も、絵やテキスタイルやグラフィックの提供など国内外の様々なブランドと仕事をしてきたけど、
自分で服そのものを作るというのは自然な流れだったので、
始めるときにひとつの区切りとしていた10年間をやりきったという感じです。

2010年に終わらせたときは、もう空っぽだったけど、
今は年に2,3型のTシャツくらいだったらやりたいなと、また思い始めています。









「ファッションストーリーを作り上げたかった」

●女性性の話も含め、モードへの関心が強かった?
20代前半はアートディレクターとしてファッションページのエディトリアルや、
カタログのディレクションなど、撮影という言わば共同作業の現場にいました。
そのうちに元々が絵描きなので、ひとりで完結させたいという思いが強くなってきて、
90年代半ばにモードイラストレーションに注力するようになっていきました。

今も昔もファッション誌の中では写真表現がメインストリームなので、
そこにイラストレーションで構成するファッションストーリーで
一石投じたいというのが当時の自分のモチベーションになっていました。

東京で僕と同じことをやり始めた人は他にいなかったので、
自分では孤軍奮闘している気分だったんだけど、
世界にポツポツと同じようにモードイラストレーターが存在していて、
それがファッションの世界では小さなムーブメントになりました。
90年代後半から00年代にかけてのことです。
僕の解釈で描いたリアルクローズを着た女の子たちのページに服のクレジットとプライスが載ったという、
ある種の達成をした瞬間でした。


●これからもイラストレーションというジャンルを盛り上げていきたい?
はい。でも、自分も今はイラストレーションがメインではなくなってきて、
イラストレーターと名乗っていることに違和感が出てきたので、
職業「アーティスト」に一本化しました。
とは言え、もっと面白いイラストレーションの使い方やとび抜け方が出来ると思っているから、
そこはまた自分が孤軍奮闘しようと思っています。


●業界が弱っているというのは作り手の問題なのか発信する側の問題か?
既視感のあるものが多いのかな。
若いひとの目には新鮮に映るのかもしれないけれど。
元ネタが分かっちゃうって、ある意味残念なんですけど..
もっと咀嚼して自分のものにするところまでは行けてない、
それである程度は通用しているんだと思います。

自戒も込めて、圧倒的にフレッシュな新しい表現がそろそろ出てくるべきだし、
僕らがそこを切り開いて橋渡ししていかないといけないんでしょう。
名刺刷っちゃえば誰でも自称できるけど、本当はもっと淘汰されるべきなのかな。
起用する側のクリティックする審美眼も問われています。





「今自分がやっていることに注目してもらいたい」

●50歳という年齢を迎えられましたね。
今やっと0スタートという感じです。これまでの自分の歴史も大切に思っていますが、
今また新たなステージに立ったという感慨があります。ループを一周した感じです。
それは俯瞰から見ると同じ円の上を一周回ったように見えるんだけど、
横から見るとスパイラル状の違うレイヤーに入ったというイメージ。
新たな一周が始まったと思っています。
だから今の自分と、これから作るものを見てて欲しいです。


●それでは今一番挑戦したいことは?
昨年から陶芸を始めました。秋は丹波篠山のcolissimoと、
大阪の GALLERY DE ROOM 702 の2会場で展覧会をやりつつ、
ふたつの窯にお邪魔して滞在制作をしています。

自分にとっては新しい表現ですね。
キャンバスに描く、焼き物を作る、それらは長い歴史のある手法ですが、
若いときにデジタルを画材として使い始めたのと同じで、
自分にとって新しい画材とまみえる段階に来ているんでしょう。

独学でやってきたから、新たな挑戦をするときに割りと屈託がないというか、
よく言えば臆さずに入っていけるので、そこに面白い可能性があるような気がします。

毎日手を動かしていると少しずつ技術が追いついてきます。
そしてある日気づいたら頭にイメージしていたものが作れるようになっているかもしれない。
それはアルチザンとしての自分にはある種の達成なんだけど、
また思い通りにいかないような新しいことを始めたくなるんですね。
そういう性質なんです(笑)。


●今回の展覧会についてお聞かせください。
『Panspermia』は他の惑星から飛来した隕石に付着していた生命体が地球環境に適応して、
それが地球の生命の起源になったというひとつの学説なんだけど、それをタイトルにしました。

彼女たちは僕の最新の女の子像なんだけど、
ちょっと人間離れしていて、他の惑星から落ちて来た娘たちかもしれない。

製作に入るタイミングでDAVID BOWIE が急逝しました。
ボウイには『ジギースターダスト』や『間借人』というアルバムがあったり
『地球に落ちてきた男』という映画に主演していたり、僕のなかではエイリアンだったので、
オマージュで本作のタイトルは全て彼の楽曲からつけました。
10月8日で終了しますので、ぜひ観に来てください。



エドさん ありがとうございました!
長い時間に渡り、これまでやこれから、展覧会についてなど
鋭く力強いお言葉でインタビューに応じていただきました。
ひとつの枠に当てはまらず、表現方法の末端を変化させ
ストーリーを作り上げていく“今”の彼から目が離せません。




(left : Ed TSUWAKI / right : Miki matsunaka)



最後に松中美紀さん からGALLERY DE ROOM 702の今後の展望についてお話を伺いました。

●独創的な発信地として注目されているGALLERY DE ROOM 702ですが、
オープンした経緯、またこれからどんなスタンスで活動していきますか?

私は18世紀の西洋王侯貴族階級の文化に興味があり、
残存物にこそ宿る独特の美しさから沢山のインスピレーションを得て画廊へ通って大人になりました。
その延長で、退廃的地域にクラシカルでモードな空間を出現させ、
その場所を拠点に科学反応で生まれるシアトリカルなアート空間を創ってみたかったのが始まり。

なので、これからギャラリーが成長しプレステージが高まっても、「独自な自由」をカタチにしていきたい。
例えば、アート、アンティーク美術に限らず、展覧会して下さったアーティストさんと一緒にホテルを創ったり、
お化け屋敷や公園、この世界感をデザインのツールを使って環境を創っていけたら幸せだな~って。思ってます。

まだ GALLERY DE ROOM 702 & ANTIQUE ROOM 702を体験していない方は是非、
大きな扉を開けて中へ入って来て下さい。楽しいコトが始まるかも。



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Ed TSUWAKI (artist)

http://www.edtsuwaki.com/



GALLERY DE ROOM 702 (gallery)

http://www.dr702.com/gallery.html



ANTIQUE ROOM 702 (antique shop)







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